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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(行ツ)40号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由一について

地方財政法によれば、地方公共団体は国会議員の選挙に要する経費を負担する義務を負わないとされ(一〇条の四第一号)、国の負担金等の地方公共団体に対する支出金の額は地方公共団体が当該国の支出金に係る事務を行うために必要でかつ充分な金額を基礎としてこれを算定しなければならないと規定されているところ(一八条)、国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律は、都道府県及び市区町村の選挙管理委員会が管理する国会議員の選挙等の執行について国が負担する経費の基準を具体的に定める(四条ないし一七条)とともに、自治大臣はこの法律の規定によつて算出した各都道府県の選挙管理委員会及び当該都道府県の区域内にある市区町村の選挙管理委員会において要する経費で予算をもつて定められたものを都道府県に交付し、都道府県は当該都道府県の区域内にある市町村において要する経費として交付を受けた額を市町村に交付するものとし(一八条一項)、さらに、避けることのできない事故その他特別の事情によつて右の交付額をもつて国会議員の選挙等を執行することができない都道府県又は市町村に対しては、自治大臣は、一定の範囲内において、必要な経費を追加して交付することができるとしている(同条二項)。

このように、国会議員の選挙に要する経費の全額の国庫負担を法律が具体的に保障している制度の下では、右法律の定める経費の基準が著しく不合理であつて到底経費の全額の国庫負担を定めたものとはいえないというのであれば格別、そうでない限り、右法律による基準額以上の経費の支出をもつて、直ちに地方財政再建促進特別措置法二四条二項にいう「負担金」の支出に当たるものということはできないというべきである。したがつて、本件支出について、それが同項にいう「負担金」の支出に当たるとの見解を前提とする上告人の主張は、主張自体失当というべきであり、これを排斥した原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同二について

本件支出を適法なものとした原審の判断は、その適法に確定した事実関係の下において、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官香川保一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官香川保一の反対意見は、次のとおりである。

私は、本件訴えは却下すべきものと考える。その理由は次のとおりである。

一 地方自治法(以下「法」という。)二四三条の二の規定は、同条一項所定の職員の行為による普通地方公共団体に対する損害賠償責任に関して、実体法的には、民法の損害賠償責任に関する規定を排除して、賠償責任の主観的要件として職員の故意又は重大な過失(現金の亡失についてのみ故意又は過失)を必要とし、複数の職員の行為による損害について、それぞれの職分に応じ、かつ、各自の行為が損害の発生の原因となつた程度に応じて賠償責任があるものとし、さらに所定の要件及び手続によつて賠償責任の全部又は一部を免除することができるものとし、また、賠償責任に関し三年の除斥期間を設ける等、民法の賠償責任に関する規定とは著しく異なる定めをしており、手続的には、賠償責任の有無及び賠償額の決定を普通地方公共団体の長(以下「市長等」という。)が監査委員に請求して、その決定に基づいてその市長等が賠償命令を当該職員に発し、当該職員は、その命令に対して審査請求及び異議の申立をすることができるものとする等所要の手続を設けているのである。ところが他方、一般的に普通地方公共団体に対するその職員(以下「職員」という。)の行為による損害賠償に関して、法二四二条の二第一項四号の規定は、当該普通地方公共団体の住民が所定の要件の下に、当該普通地方公共団体に代位してその損害賠償を訴求することができるものとしているのであるが、この代位訴訟(以下「住民訴訟」という。)は、前記の職員の行為による損害賠償に関する特則を定めた法二四三条の二第一項の場合にも、別途提起することができるかどうか、また、提起できるとした場合の損害賠償責任は民法の規定によるかどうか、さらに関連して、同条一項の規定による損害賠償請求権は同条三項の規定による賠償命令によつて初めて発生するものであるかどうか、また、同条一項所定の職員には市長等が含まれず、したがつて市長等の賠償責任に関する限り同条の規定の適用がないものと解すべきかどうかが問題となるのである。

そこで、法二四三条の二の規定の趣旨ないし存在理由を考えるに、同条一項所定の職員の職務ないし行為の特殊性に鑑みて、同項所定の職員の行為による当該職員の損害賠償責任に関しては、民法上の債務不履行又は不法行為による損害賠償責任よりも責任発生の要件及び責任の範囲を限定して、これら職員がその職務を行うにあたり畏縮し消極的となることなく、積極的に職務を遂行することができるよう配慮するとともに、所要の慎重な手続を設けて、公正な損害の補てんを自主的に図らんとするものと解すべきである。したがつて、同条一項の職員が同項の行為により普通地方公共団体に損害を与えたと認める場合には、普通地方公共団体の代表者たる市長等は、当然同条三項の規定により同項所定の手続を経て職員に対し賠償を命じなければならないのであつて、かかる措置を採ることなく、職員と賠償に関する交渉をし、又は訴求して、損害賠償の解決を図ることはそもそも許されないものと解すべきである。いわゆる示談的解決はもとより訴訟上の和解、調停による解決も、いずれも公正厳正を欠くおそれのあるものとして許されず、同条所定の手続を経て解決すべきものとするのが同条の趣旨、存在理由である。したがつて、本来地方公共団体が市長等を代表者として訴求することが許されない損害賠償請求を当該普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体に代位して住民訴訟ができるものとは到底解することはできない(普通地方公共団体には訴求を許さないとしながら、特に住民訴訟を認めたものとも解することもできないであろう。)。

さらに、法二四三条の二第一項所定の職員の行為による損害賠償責任について、同条に規定する手続による場合と住民訴訟による場合とにおいて適用すべき実体法を異にするというような合理性、妥当性を欠く結果となる解釈も到底採り得ないことは明らかである。そして、同項の場合の損害賠償請求権が同条三項の規定による行政処分である賠償命令によつて初めて形成されるものと解する必要はなく、実体上既に発生している損害賠償請求権又はその不存在について同条の規定する手続(審査請求又は異議申立による審査又は裁決を含む。)によつて賠償責任の有無及び賠償額が確定されるものと解するのが相当である。

二 次に、市長等が法二四三条の二第一項本文後段の「次の各号に掲げる行為をする権限を有する職員」に含まれるかどうかについては、同項二号の「第二百三十二条の四第一項の命令」が正に市長等の行為であることは明文上明白であり、他の各号に掲げる行為も具体的な当該行為そのものは市長等の補助職員がするとしても、その権限又は責任の主体は市長等であることはいうまでもないし、法一五三条の規定による市長等の権限委任の場合はともかく、市長等の名において補助職員が決裁するいわゆる代決の場合もその権限は市長等に属するものというべきであるから、右の職員には市長等が含まれないものと解することは到底できないであろうし、これを市長等を含まないものとする合理的な理由も見い出し難い。法二四三条の二の規定による損害賠償の責任の有無及び賠償額並びに賠償責任の免除の適否等において自ら市長等と他の補助職員との間に運用上の差異があることは当然であつて、市長等の責任の重大性から同条の適用を排除するまでもないし、また、普通地方公共団体の長がその資格、権限に基づいてその職にある自己個人に対し賠償命令を発することも法理上可能であり、その手続においても公正が担保されている以上、同条の適用を排除すべきいわれはない。

三 以上のとおり、法二四三条の二第一項所定の職員の行為による損害賠償請求に関する限り、法二四二条の二の規定による住民訴訟の存在理由及びその機能を尊重すべきものとしても、実定法の解釈としては、同条の規定による住民訴訟は許されないものと解すべきである。もちろん、市長等が法二四三条の二第三項の規定による所要の措置をしない場合には、普通地方公共団体の住民は、法二四二条一項の規定により怠る事実に関し監査請求をし、さらに法二四二条の二第一項の規定により訴えをもつて同項三号に掲げる請求をすることができることはいうまでもない。

四 ところが、上告人(第一審原告)の本件訴えは、宇都宮市の住民として、宇都宮市長が第三七回衆議院議員総選挙の選挙に要する本来国庫負担であるべき経費として、国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律により交付された基準額を超えて宇都宮市の公金六六〇万九一五七円を支出したことが違法であるとして、法二四二条の二の規定により損害賠償を代位訴求するものであつて、前記の理由により不適法な訴えであるから、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、本件訴えを却下すべきである。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧 圭次 裁判官 藤島 昭 裁判官 奥野久之)

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